東京高等裁判所 昭和58年(う)960号 判決
被告人 久保三枝子
〔抄 録〕
ところで、記録によれば、被告人は原審において公訴事実をすべて認め、検察官申請の証拠の取調べに同意し、事実関係について何ら反証していないことが明らかである。
(編注・事実誤認の)所論は、当審における新たな事実の主張であって、原審の訴訟記録及び証拠に現われている事実又は刑事訴訟法三八二条の二第一項若しくは第二項所定の事実を援用することなく、原判決後に新たに発見した証拠のあることを控訴申立の理由とするものであるから、その実質においては、同法三八三条一号、四三五条六号の再審事由の主張にあたるものと認められる。以下、所論につき検討する。
一 まず、原審の訴訟記録及び当審の事実取調べの結果によれば、被告人及び関係者大磯隆、猪狩久二に対する第一審の公判経過に関し、次の事実が認められる。
<1> 昭和五八年四月一九日、被告人に対する本件窃盗等被告事件の公訴が原裁判所に提起され(東京地方裁判所同年刑(わ)第一〇六四号)、同年五月一九日の第一回公判期日において審理終結、同月三一日の第二回公判期日に原判決が言い渡された。右判決に対し、原審弁護人中村順子は、被告人がその後本件窃盗事実を否認するに至ったとして、同年六月七日、控訴を申し立てた。
<2> 同年五月一九日、被告人の内縁の夫である大磯隆に対し、同人が、顔見知りの猪狩久二に対し、東京拘置所在監中の被告人に対する差入金を都合しなければ、今日は帰さない、お前の内妻をトルコへ売り飛ばすなどと脅迫して、右猪狩から二回に亘り合計二万五〇〇〇円を喝取したという恐喝被告事件の公訴が提起され(同庁同年刑(わ)第一四〇七号)、被告人に対する原判決言渡し後の同年七月一二日、右大磯に対する恐喝被告事件の第二回公判期日において、被告人及び猪狩久二が証人として喚問され、交々、本件窃盗犯人は右猪狩であり、被告人は、右大磯及び猪狩の依頼により、賍品である貯金通帳と印鑑を持参して貯金の払戻しを請求しに行き、払渡し警戒中の通帳であったため、直ちに緊急逮捕された旨、証言するに至った。
<3> 同年九月二八日付をもって猪狩久二の、同月三〇日付をもって被告人の、同年一〇月三日付をもって大磯隆の検察官に対する各供述調書が作成され、同月一一日、猪狩に対する窃盗、有印私文書偽造、同行使、詐欺未遂被告事件(同庁同年刑(わ)第二九九七号)、大磯に対する賍物寄蔵、有印私文書偽造、同行使、詐欺未遂被告事件(同庁同年刑(わ)第二九七六号)につきそれぞれ公訴が提起された。
<4> 同年一一月一八日、右猪狩に対し、右被告事件につき懲役六月の有罪判決が言い渡され、同月二四日確定し、また、同年一二月一五日、右大磯に対し、右<2>の恐喝被告事件、右<3>の賍物寄蔵等被告事件及び別件の傷害被告事件(同庁同年刑(わ)第二七三四号)を併合して懲役一年四月及び罰金五万円の有罪判決が言い渡され、同五九年一月五日その確定を見るに至った。
二 前示一の<2>の被告人及び猪狩の各証言(当審においては、弁護人提出の書証写として取調べ)並びに同<3>の被告人、猪狩及び大磯の検察官に対する各供述調書(当審においては、検察官提出の各謄本を取調べ)を総合すれば、本件事案の真相は、次のとおりであることが認められる。
<1> 被告人は、昭和五八年一月ころから埼玉県久喜市内のアパートで大磯隆と同棲し、家政婦として稼働していたが、同年四月五、六日ころ、右大磯とともに上京し、山谷の簡易旅館に泊って酒を飲み歩いていた。
<2> 同月八日も、両名は昼ごろから「いせや」という酒屋で飲酒していたが、午後七時ころ、同店を出て筋向いの東京都台東区清川二丁目三九番三号「いろは」パチンコ店前付近に行くと、顔見知りの猪狩久二が同パチンコ店前路上で中腰になり、泥酔して同所で路上に眠っていた坂田正行の腹巻を探っているところを目撃した。
<3> 猪狩は、そのまま泪橋交差点の方へ歩き出したので、被告人と大磯が数メートル追尾して追い付くと、猪狩は、「これ盗っちゃったよ」と言って、坂田名義の本件郵便貯金総合通帳及び印鑑を見せた。大磯は、被告人と一緒に右通帳を見ていたが、残高が一七万円であることが分かり、「えらいあるな」と言い、さらに、「明日おっかぁ(被告人を指す。)に払戻しに行かせるから、半分俺に寄越せ」と言い出し、犯行を見られていた猪狩も止むなくこれを承知した。そこで、三名は相談のうえ、翌朝午前六時に「いせや」の前で落ち合うことに決め、それまでは、通帳は猪狩が、印鑑は被告人が保管することとし、被告人は、猪狩から本件印鑑一個を預った。
<4> 翌九日、被告人らは寝過したため、午前七時ころ「いせや」の前に赴き、猪狩と落ち合い、付近の喫茶店で、全額引き出すのはまずいから、引出し額は一六万五〇〇〇円とすること、盗難届が既に出ていて引出しに失敗したときは、被告人なら初犯で執行猶予を貰えるから、全部被告人一人でやったように申し立てることなどを打ち合せ、通帳の本人の氏名住所、引出し額などよく覚えておくように猪狩が喫茶店で貰ったメモ用紙に記載して被告人に手交した。
<5> 午前八時四五分ころ、喫茶店を出たところで猪狩が通帳を被告人に渡し、三人で荒川南千住五郵便局付近に赴き、猪狩と大磯は付近に待機し、被告人だけが同局内に入り、引出し手続をしたが、既に払渡し警戒中であったため、その場で緊急逮捕された。被告人は、打ち合せどおり、通帳、印鑑は自分が窃取したものであり、引出し手続も単独犯行である旨申し立てた。
三 以上によって見れば、原判示第一の窃盗の点は被告人の犯行ではなく、被告人は、大磯と共謀のうえ、窃盗犯人である猪狩から賍品の印鑑一個を預り保管してこれを寄蔵したに過ぎないことが明らかである。そうだとすれば、原判決は、結局事実を誤認したことに帰着し、右誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである(なお、原判示第二の事実についても、被告人ら三名の共同犯行を単独犯行と認定した点に誤認があることとなるが、この点の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいい得ない。)。そして、原判示第一の事実については、窃盗罪と法定刑の同じ賍物寄蔵罪が成立し、同第二の事実についても、共同犯行であることによってその法定刑に変動を来たすことはないから、原判決で認めた罪より軽い罪を認めるべき事由が存するものとはいい得ない(最高裁判所昭和三三年五月二七日第三小法廷決定、刑集一二巻八号一六八三頁等)ので、原判決破棄の事由としては、かかる場合、刑事訴訟法三八三条一号、四三五条六号によることなく、同法三八二条によるのを相当と解すべきである。
(草場 半谷 須藤)